畳んだ会社のSlackやメールがAIの学習用に売れる、米国で廃業データの売買が広がる

3行でわかる
- 米国では、廃業した会社のプログラムや社内チャット、メールを、AIを作る企業に売る取引が広がっている
- 廃業手続きを代行する米SimpleClosureは4月に売買の場を開き、扱った取引の47%にデータやプログラムの売却が含まれると報じられている
- Googleは破産した米格安航空会社の社内メールなどを1,000万ドルで落札した。社員の同意がないまま売られることへの批判もある
米国で、廃業したスタートアップのプログラムや社内チャット、メールを、AIを開発する企業に売る取引が広がっていると、米MIT Technology Reviewが現地時間10月13日に報じました。Googleは8月、破産した米格安航空会社Spirit Airlinesの社内データを1,000万ドルで落札しており、「会社が残した仕事の記録」が値の付く商品になりつつあります。
何が起きているか
売られているのは、会社が数年かけてため込んだ「仕事の跡」です。ソースコード(プログラムの設計図)のほか、Slackのやりとり、メール、カレンダー、NotionやFigmaの資料などが対象になっています。
廃業の手続きを代行する米SimpleClosureは4月16日、こうした資産を売り買いする場「Asset Hub」を始めました。公式ブログで、買い手としてAI企業・研究機関・大企業を挙げています。
Your codebase shouldn't stop having value the moment your company shuts down. Through the Asset Hub, founders can license their source code to vetted buyers.
会社をたたんだ瞬間に、プログラムの価値がなくなるべきではありません。Asset Hubを通じて、創業者は審査済みの買い手にソースコードの利用を許諾できます。
原文を読む(simpleclosure.com)社内の文書ややりとり(Workspace Data)については、同社は同じブログで「法令とプライバシーに配慮した形で買い手に提供する方法を開発中」としています。MIT Technology Reviewによると、SimpleClosureはこれまで150件超の取引を扱い、今では取引の47%にプログラムかデータの売却が含まれ、年末までに廃業した会社へ合計1,000万ドル超を戻す見込みだと報じています。
金額の例として、同誌は暗号資産関連の会社を畳んだ創業者のケースを紹介しています。プログラム一式が約2万5,000ドルで売れ、Google・Notion・Figma・Slackにあった社内データにも値が付く見込みだといいます。
大企業のデータも対象に
規模の大きい例が、Spirit Airlinesです。複数の報道によると、Googleは同社の破産手続きの中で、社員のメール、Microsoft Teamsのやりとり、表計算ファイル、カレンダー、営業や運航の記録などの社内データを1,000万ドルで落札しました。AIデータ企業のMercorも750万ドルで入札していたと報じられています。Googleは、個人を特定できる情報は受け取る前に取り除かれ、個人情報は受け取らないと説明していると報じられています。
MIT Technology Reviewは、このデータに約1億通のメールと約5億件のTeamsのメッセージが含まれると伝えています。
なぜAI企業が欲しがるのか
AIの開発各社は、ネット上で集められる文章をほぼ使い尽くしつつあり、AIに作らせた練習用データにも限界があります。そこで価値が出てきたのが、実際の会社で人が働いた記録です。
買い手の一つで、AIの訓練用データを作る米Surge AIは、AIが社内システムの不具合を直したり法律文書を書いたりする練習をする「訓練場」を作るのに、こうした記録を使っていると報じられています。意見の対立や判断の分かれ目が含まれていることが、作り物のデータにはない価値になるといいます。同じく廃業データの売却を手がける米Sunsetの創業者も、同誌の取材に対し、捨てられてきた業務の記録には実は大きな値打ちがあるという見方を示しています。
ただ、実際の記録で学ばせたAIがどれだけ賢くなるかを比べた結果は、どの会社も公表していないと同誌は指摘しています。
反応と論点
懸念の中心は、データを書いた本人である社員の扱いです。
- 社員は知らないまま売られる: Spiritの客室乗務員の労働組合は、プライバシーを理由に売却に異議を申し立てました。売却益は通常、債権者や投資家に回り、社員には入りません
- 個人情報は消しきれない: 売り手と買い手は個人を特定できる情報を消し、人事記録は除くとしています。しかしMIT Technology Reviewによると、AIスタートアップに助言する弁護士のGreg Ewing氏は、こうしたデータを「法的に放射性」と表現しています。メールやカレンダーには、通院や子どもの送迎といった私生活の予定が紛れ込むためです
- ルールがない: 米国にはこうした売却を禁じる連邦法はないと同誌は報じています。働く人とデータの研究で知られる米エモリー大学の法学教授は、社員の明確な同意を求めるべきだと主張しています
日本のビジネスへの影響
使えるか: SimpleClosureなどのサービスは米国の会社向けで、日本の会社が同じ仕組みで社内データを売る場は、現時点で確認できていません。日本では個人情報保護法があり、メールやチャットに含まれる個人の情報を本人の同意なく第三者に渡すことには制約があります。
誰にどう効くか: 関係が深いのは、経営者と、社内の情報管理を担う総務・法務の担当者です。会社が使っているSlack・Notion・Teamsなどのデータは、会社が畳まれたり買収されたりしたとき、思わぬ相手に渡る資産になりえます。スタートアップに出資する投資家にとっては、廃業時に回収できる価値が増える話でもあります。
今すぐやれること: 社内規程や就業規則に、業務のメール・チャットの扱い(廃業・事業譲渡のときに第三者へ渡すことがあるか)が書かれているかを確かめておくと、社員への説明に困りません。取引先の米国スタートアップに機密情報を渡している場合は、契約に「相手が廃業したときのデータの返却・削除」の条項があるかも見直す価値があります。
注意点: 仕事用のチャットやメールに私的な話を書くと、将来どこかのAIの学習に使われる可能性があります。個人情報を消すと説明されていても、文脈から人や取引先が特定される余地は残ります。データを売る側に回る場合も、買い手が何に使うかは見えにくく、適正な価格かどうかを判断する材料は少ないと報じられています。
一次情報
- 公式サイトSimpleClosureIntroducing the Asset Hub
参考にした報道(3件)
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