AIで若手の仕事は上達、でもAIなしの実力は伸びず 米国の特許弁護士133人を3か月追った実験

3行でわかる
- MITの経済学者らが、米国の法律事務所11社の特許弁護士133人をAIを使う組と使わない組に分け、3か月追う実験の結果を公表した
- AIを使った組は特許の書類の質が上がり、特に経験7年未満の若手は、AIなしのベテランを上回る点数を出した
- ところが3か月後にAIなしで他人の書類を添削させると、伸びていたのはベテランだけで、若手は平均でAIを使わなかった組と差がなかった
米マサチューセッツ工科大学(MIT)の経済学者デビッド・オーター氏とGoogleの研究者らは10月、米国の特許弁護士133人にAIの下書き支援ツールを3か月使わせた実験の結果を、全米経済研究所(NBER)の論文として公表しました(出典: NBER Working Paper 35720の論文)。AIを使うと仕事の質は上がり、特に若手の伸びが大きかった一方、AIを外した作業で実力が伸びていたのは経験7年以上のベテランだけでした。AIで「できる仕事」が増えても、「できる人」が育つとは限らないことを、実際の職場で確かめた研究です。
何を調べたか
研究チームは、AIが専門職の仕事の質を上げる一方で、本来なら身につくはずの専門性を育ちにくくするのではないか、という問いを立てました。
実験の形は次のとおりです。
- 対象: 米国の知的財産専門の法律事務所11社で働く特許弁護士133人(最後までやり切ったのは91人)。経験7年未満を「若手」、7年以上を「ベテラン」と分けました
- 割り振り: くじ引きで3分の2にGoogleが開発した特許書類の下書き用AIツールを渡し、3分の1は使わない組にしました。ツールは一般には出ておらず、機能はのちにGoogleのほかのAI製品に組み込まれたとしています
- 試験: 10日後と90日後に、AIを使ってよい特許書類の作成を課しました。さらに90日後、全員にAIなしで既存の特許出願書類を添削(レッドライン)させました。添削は経験に基づく判断力が問われる、特許実務の中心的な作業です
- 採点: 誰がAIを使ったかを知らない別の事務所の特許弁護士が、権利の行使しやすさ・技術の正確さ・網羅性・わかりやすさなど5つの観点で採点しました
実験は2025年5月から2026年2月にかけて行われ、事前に計画を登録したうえで実施しています。費用はGoogleが出し、共著者7人のうちオーター氏ら2人を除く5人はGoogleの社員です。
結果: AIありの仕事は伸び、AIなしの判断力は二極化
AIを使った組の書類は、使わない組より明らかに高く評価されました。差は10日後で0.34標準偏差、90日後で0.38標準偏差です。標準偏差は点数のばらつきの幅を表す単位で、0.3〜0.4ほどの差は、平均的な人が上位4割弱に入るくらいの違いに当たります。書類作りの時間も、AIなしの組の平均110分に対して約10分短くなりました。
伸びが大きかったのは若手です。90日後、AIを使った若手の平均点(0.36)は、AIを使わなかったベテランの平均点(0.13)を上回りました。
ところが、AIなしの添削では結果が逆転しました。AIを使ってきた組は全体では0.32標準偏差上でしたが、その差はすべてベテランによるもので、ベテランだけで見ると0.45標準偏差の差がありました。若手は平均すると、AIを使わなかった組と変わりませんでした。
Junior lawyers showed no average gain. Their scores instead bifurcated, with sharply fewer mediocre scores offset by more poor and more good ones, suggesting that AI assistance served as a springboard for some juniors and a cushion for others.
若手には平均的な伸びが見られなかった。点数は二極化し、平凡な点が大きく減る代わりに、悪い点と良い点がともに増えた。AIの支援が、一部の若手には踏み台に、ほかの若手にはクッションになったことを示している。
原文を読む(nber.org)つまり、AIを使って3か月働いた若手のうち、力を伸ばした人と、かえって判断力が弱くなった人に分かれたことになります。若手自身はアンケートで、ツールが自分の成果を高めていると感じていました。
なぜ差がついたのか
論文は、なぜ人によって効果が逆になったのかには、この実験では答えられないとしています。そのうえで、手がかりとして時間の使い方を挙げます。AIを使った若手は書類を速く仕上げましたが、ベテランはAIを使ってもほとんど速くならず、そのぶん書類の質を上げていました。
論文は、中国の中学・高校生を調べた別の研究も引いています。生成AIを使い始めた生徒は宿題の時間が減って宿題の点は上がったものの、進学を決める試験の点は大きく下がり、宿題の時間を減らさなかった生徒は下がらなかったという結果です。AIで浮いた時間を自分で考える時間に回すかどうかが、分かれ目になっている可能性があります。
研究チームは限界も認めています。人数が少なく、とくに若手の数が少ないため若手の推定は精度が低いこと、参加した事務所はGoogleと取引のある有力事務所で専門職全体を代表しないこと、事務所側の反対で実験前の実力テストができなかったことです。3か月という期間も、特許の専門性が育つには短いとしています。
日本のビジネスへの影響
- 使えるか: 実験に使われたツールは一般向けには出ていません。ただし、AIに下書きを作らせて人が仕上げる働き方は、ChatGPT・Gemini・Claudeなどで日本でもすでに広く行われています
- 誰に効くか: 若手を育てる立場の管理職や人事、法務・知財・コンサルティングなど、経験で判断力を磨く専門職の組織に直接関わる結果です。AIを入れて目先の成果が上がっても、数年後にベテランの代わりになる人が育っていない、という事態が起こりうることを示しています
- 今すぐやれること: 若手には、AIで作った成果物とは別に「AIを使わずに他人の仕事を添削する」「AIの下書きのどこを直したか説明する」といった場を定期的に設け、判断力を確かめてみてください。AIの出力をそのまま出しているのか、自分で考えて直しているのかが見えます
- 注意点: 今回は米国の特許弁護士91人の結果で、資金はGoogleが出しています。どの職種でも同じになるとは限りません。「若手にAIを使わせるな」という結論ではなく、使い方と育て方を分けて考えるべきだという研究です
AIで仕事を任せる流れについては、「AIで大きな成果を出せた企業は13%だけ」も参考になります。
一次情報
- 論文NBER Working Paper 35720Does AI Assistance Enhance or Erode Expertise? Evidence from a Three-Month Field Experiment in Patent Drafting
- 論文MIT Department of EconomicsDoes AI Assistance Enhance or Erode Expertise?(論文PDF)
- 論文AEA RCT RegistryAI & Expertise research with patent lawyers
参考にした報道(1件)
AIデジマは、公式発表・X投稿・論文などの一次情報を起点に、複数の情報源を照合して日本語でまとめています。情報の収集・翻訳・下書き・照合にはAIを使い、編集方針と最終責任は編集長が負います(AIの活用について)。誤りを見つけた場合は訂正のご連絡をお願いします。