量子コンピューターの設計図をClaudeが53時間で改良、一部の計算は手数が17分の1に

3行でわかる
- Anthropicは10月16日、Claude Mythos 5が量子コンピューターの計算回路を8種類設計し、どれも既存の最良の設計より小さく速くなったと発表した
- 暗号の土台にもなる楕円曲線の計算では、53時間の自動作業で、使う部品はほぼ同じまま手数を17分の1に減らした
- 人間の研究者が8年かけて進めてきた種類の改良を短期間でこなした形で、Anthropicは実用的な量子コンピューターが想定より早く来る可能性があるとしている
Claudeを開発する米Anthropicは現地時間10月16日、AI「Claude Mythos 5」が量子コンピューターで使う計算回路を8種類設計し、すべてで既存の最良の設計より少ない部品と手数で済む案を見つけたと発表しました。暗号の土台にもなる「楕円曲線」の計算では、53時間の自動作業で、手数(ゲートと呼ぶ基本操作の数)を従来の最小設計の17分の1に減らしました。Anthropicは、実用的な量子コンピューターが想定より早く実現する可能性があるとしています。
何が発表されたか
量子コンピューターは、普通のコンピューターでは時間がかかりすぎる化学や材料、数学の問題を解けると期待されている計算機です。ただ、今ある機械の計算素子(量子ビット)は数百〜数千個しかなく、熱や振動ですぐ誤差が出ます。そのため、同じ計算をより少ない量子ビットと手数で済ませる「回路の設計」が、実用化を左右する研究分野になっています。
今回の研究は、AnthropicのSTEMフェロー(外部研究者の受け入れ制度)のAndi Gu氏が率い、ハーバード大学のSusanne Yelin氏、同大学と量子コンピューター企業QuEra ComputingのMikhail Lukin氏が加わりました。論文はarXiv(論文の公開サイト)に出ています。
進め方は、Claudeに回路の仕様を普通の言葉で渡し、Claudeが書いた設計案を別の採点プログラムが自動で確かめて点数を返す、という繰り返しです。点数は「量子ビットの数×手数」で、小さいほど良い設計です。ラウンドの間に人は手を出さず、最初の指示と、ときどき「もっと幅広く考えて」と促しただけだといいます。
Working largely on its own, Claude found designs that improve on the best published circuits, in some cases by an order of magnitude or more.
ほぼ自力で作業したClaudeは、公表済みの最良の回路を上回る設計を見つけ、場合によっては10倍以上の改善になった。
原文を読む(anthropic.com)対象の8種類は、化学、最適化、物理のシミュレーション、整数論、数値計算にまたがる基本の部品です。発表では、とくに成果の大きかった2つを詳しく説明しています。
| 計算の種類 | 何に使うか | Claudeの設計 |
|---|---|---|
| 楕円曲線の点の足し算 | 楕円曲線の「離散対数問題」を量子コンピューターで解く計算の中心部分 | 量子ビットは12%増えるが、手数は従来の最小設計の17分の1。53時間の1回の作業で到達 |
| リード・ソロモン符号の復号 | 最適化問題を解く有力な量子計算手法「DQI」で最も重い工程 | Googleの従来設計に比べ手数を12分の1に。最悪の場合に備えた予備の量子ビットを665個から19個に削減 |
楕円曲線の離散対数問題は、普通のコンピューターでは現実的な時間で解けないことを前提に、インターネットの暗号や電子署名に広く使われています。十分に大きな量子コンピューターなら解けることが知られており、その計算に必要な部品と手数の見積もりは、暗号がいつまで安全かを考える材料になります。
どうやって改良したのか
量子回路には、普通のプログラムにない制約があります。途中の計算結果を消して捨てられず、捨てるには計算を逆向きにたどり直す必要があるのです。楕円曲線の計算で最も重い「割り算に当たる処理」は、普通のコンピューターでは効率のよい方法がありましたが、途中の記録を大量に残す必要があるため量子回路には向かないとされてきました。
Claudeは、その記録を保存せず、計算途中の数字の組から逆算して復元できるのではと考えました。簡単な規則を試すと本番の大きさ(256ビットの数)では失敗したため、数学的な性質を自分で証明し直し、正しく復元できる式を導きました。式は大規模なシミュレーションで確かめたうえで、計算機で証明の正しさを確認できる言語「Lean」でも検証したといいます。
DQIの復号でも、最悪の場合に備えて大量の予備を持つ代わりに、自作の高速シミュレーターで4億300万回の試行を回し、実際にはほぼ毎回1つ分の予備で足りることを確かめました。この設計で失敗するのは約1万回に1回で、課題が許す誤差の範囲内だとしています。
Anthropicは、化学の分野で必要な手数の見積もりが2017年の約50兆回から約3億4,000万回まで下がった例を挙げ、多くの研究グループが8年かけた改良だったと説明しています。楕円曲線の設計は、それと同じ種類の改良をClaudeが1回53時間の作業で出したものだと位置づけています。
反応と論点
Anthropicは自ら限界も書いています。初期のClaudeは慎重すぎて、すでに十分確かめた結果を何度も確認し直し、よく知られた方法に寄りがちでした。そこで、性質の違う案を複数同時に進めさせ、ときどき発想を広げるよう促す工夫を加えたといいます。また、回路の設計は量子コンピューター作りの一部にすぎず、誤り訂正や機械の制御など、ほかの要素も欠かせないとしています。
Hacker Newsでは、設計案を自動で確かめて点数を返す仕組みがあったからこそAIが大量の案を試せた、という指摘が出ています。一方で「まれな入力のための部品を外したなら、まったく同じ計算をしているとは言えないのでは」という疑問も投稿されました。発表は、失敗の頻度を測ったうえで許容範囲に収めたと説明していますが、比べ方の妥当性は今後の専門家の検証を待つ部分です。
Anthropicは同じ10月16日、Claudeが暗号の標準に使われる数字の出どころを30分で突き止めたと発表しています(/news/20261017-claude-nist-curve-seeds-mystery/)。数学や暗号の分野で、AIが研究の実務を担う発表が続いています。
日本のビジネスへの影響
使えるか: 今回の成果は、研究チームがClaude Mythos 5を専用の採点プログラムと組み合わせて出したもので、普段のClaudeアプリで同じことがすぐできるわけではありません。成果は論文として公開された段階です。
誰にどう効くか: 直接関係が深いのは、情報システムやセキュリティの担当者と経営者です。量子コンピューターで暗号が破られる時期の見積もりは、計算に必要な部品と手数で決まります。その見積もりをAIが短期間で下げられるなら、暗号の切り替え計画を前倒しで考える理由になります。製薬・化学・素材の研究開発部門にとっては、量子計算で新しい触媒や材料を探せる時期が近づく可能性を示す話です。
今すぐやれること: 自社のシステムで、量子コンピューターに強い新しい暗号方式(耐量子暗号)への移行計画があるかを、情報システム部門や取引先のベンダーに確認しておくとよいでしょう。研究開発の担当者は、自分の分野でも「AIが案を出し、プログラムが自動で採点する」形にできる課題がないかを洗い出す価値があります。
注意点: 今回の改良は回路の設計図の話で、量子コンピューターの機械そのものが大きくなったわけではありません。暗号が今すぐ破られる状況にはなっていないので、過度に心配する必要はありません。AIの選び方全般は用途別ガイド「チャットAIのおすすめと料金比較」にまとめています。
一次情報
- 公式発表AnthropicDesigning more efficient quantum circuits with Claude
- 論文Andi Gu, Alek H. Kemeny, Susanne F. Yelin, Mikhail D. LukinDiscovering state-of-the-art quantum circuits with large language models(arXiv 2610.22367)
- コミュニティHacker NewsDesigning more efficient quantum circuits with Claude(議論)
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